守田廼神社
もりたのじんじゃ
守田廼神社は、長野市街地の中心に近い、昭和通りに面して建っている。
通りから少し入った住宅に囲まれた場所で、社地には、ブランコや滑り台があり、割合、開けているところなので、おそらく、地域の人の参拝や子供の遊び場にもなっているのだろう。
長野県は山がとても多く、長野市も近い場所に山があるのだけれど、守田廼神社のあたりは、大きな木や林も少なく、どちらかというと鳥や昆虫の音は聞こえない、善光寺にゆかりのある神社として市の文化財に指定されており、親しまれている神社ではあるが、武水別神社や諏訪大社のように古くから地域で大きく祀られた神社ではないのだろう。
社地の端に腰を下ろすと、すぐ近くの大きな道路を通る車の音が聞こえ、社地の脇を走る車が見える。
狭い道路の割には、交通量が多いような印象もあるけれど、住宅なので昼の時間は外出する家族の車が多いのだと思う。
それらの音の間を縫って、社叢のどこかに棲む鳥の音が聞こえ、遠くから子供遊ぶ声が聞こえる。
静かな場所と思える神社でも、耳を澄ませば、周囲に住む人の生活の音や、そこで暮らす小さな動物の声が聞こえる。
木の枝の間から流れる風や、注連縄を揺らす程度の風が心地良い社地でした。
守田廼神社では、車の音すらも静けさの中で落ち着きを感じさせるひとつの声に感じた。
もともとは善光寺の北側に建っていた神社だそうなのだが、明治時代の初期に行われた神仏分離の際に、現在の場所に移されたという。
鳥居を経て、社地に入ると、左側にも主に塗られた鳥居と境内社が建ち、石畳が拝殿へ繋がる。
主要な建物は、正面の拝殿、その背後に祝詞殿があり、さらに背後の奥殿を覆屋として、本殿が鎮座している。
本殿は、朱塗の三間社流造。
正面に5段の階段が設けられ、彫刻は比較的簡素だという。
向拝は三間で、角柱の上に出三斗を置いて各柱と虹梁形頭貫で繋いでいる。
中備は中央蟇股、両脇蓑束を載せる。
母屋は角柱に地貫と縁長押、飛貫、内法長押を渡し、正面三間に方立を立て、定規縁つきの両開き板扉が立つ。
一般的に時代が進むと装飾が過度になる傾向にあるが、この神社については簡素で過剰な装飾が見られないため、室町から江戸時代にかけての建築と考えられている。
長野市大字高田八幡宮西沖174
守田廼神社
- 祭神
- 誉田別命
- 本殿
-
市指定文化財
江戸時代初期 - 建築様式
- 三間社 流造 板葺



