御嶽神社

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御嶽神社

御嶽神社(長野県木曽郡木曽町・王滝村 岐阜県下呂市・高山市)

おんたけじんじゃ

御嶽神社 御嶽神社は、木曽御嶽山の頂上に奥社を持つ。
木曽御嶽山は、日本最西端の3000m級の山岳として日本百名山にも数えられ、古くから信仰の山として祀られてきた。
修験者からは「王の御嶽」と呼び、それが王嶽、御嶽に変わったとされているという。

1合目に建つ里社から始まり、5合目には八海山神社、8合目には遙拝所、10合目に頂上奥社へと続いている。

御嶽神社 御嶽神社

御嶽神社 里社は、入口の大きな鳥居から拝殿まで、江戸時代に設けられたという67段と374段の石段が続く。
深い社叢に囲まれた参道で、二の鳥居の両脇には、里宮大黒天や社務所などの社殿が並んでいる。
拝殿までの途中には、龍の口龍神や、いくつもの石碑が並び、御嶽神社の厚い信仰がうかがえる。

御嶽神社 御嶽神社

御嶽神社 垂直に切り立った岩壁を背にして、拝殿が建つ。 切妻造で、特に大きな彫刻などの装飾は見られない社殿で、右側奥には境内社がいくつも並べられている。

御嶽神社御嶽神社奥社への参道になる登山道は、いくつかのルートがある中で、遙拝所や田ノ原大黒天を通る7合目の田ノ原からの登山道が一般的なようだ。

御嶽神社
田ノ原大黒天

御嶽神社
大江大権現

御嶽神社 御嶽神社

標高が2400mを越えた付近に、いくつもの仏像が上屋の中に祀られている。
この付近から森林を抜け、視線と同じ高さに周囲の山並みが見え、景色が開ける。
さらに9合目付近では道が二手になり、頂上へと真っ直ぐに伸びる道と、左手の奥之院へと続く参道に分かれる。
奥之院には3体の立像が置かれている。

御嶽神社 正しいルートでは無いが、奥之院の背後を5mほど登ると、頂上を見上げることのできる尾根に出ることができる。
山頂の剣ヶ峰が一望でき、小さくも頂上奥社本宮がうかがえる。

御嶽神社 御嶽神社

御嶽神社 御嶽頂上奥社は、御嶽山最高峰の剣ヶ峰の直下に建てられている。
真っ白い鳥居の周囲を岩で囲み、切妻造の拝殿が置かれている。
屋根には千木、鰹木が置かれているが、木部や金属部分とも全体的に白い建築となっており、拝殿の奥に置かれている本殿も同様に白い。
本殿は切妻造の一間社で、5つの鰹木に千木、妻面には鞭掛けがあり、棟持柱が棟木を支えている。

頂上奥社は、頂上奥社本宮へはさらに600mほど登った先の、剣ヶ峰山頂に建てられている。

御嶽神社
頂上奥社からの剣ヶ峰を望む

御嶽神社
大御火祭場

御嶽神社 御嶽神社

御嶽神社 剣ヶ峰の頂上付近には石段が設けられ、頂上奥社本宮の社地へと続いている。
木造の鳥居が置かれ、社殿と像が建ち並んでいる。

御嶽山への信仰は古くからあり、もともとは修験道として広まっていたものが、平安時代や室町時代から民間でも信仰されるようになり、御嶽山への信仰になっていったという。
1784年に尾張国の行者だった覚明が三岳村からの黒沢口を開き、1794年には武蔵国の行者、普寛によって王滝口が解放され、御嶽山への信仰が全国へと広まっていくことになった。

明治時代の神仏分離によって、それまで祀られていた菩薩や権現などの仏教関連のものは取り除かれることになったが、もともと御嶽山自体が信仰の対象となっていたため、その後でも宗派を問わず神仏混合の存在となっているという。

所在地長野県木曽郡木曽町・王滝村 岐阜県下呂市・高山市
ホームページhttp://www.ontakejinja.jp/
祭神国常立尊・大己貴命・少彦名命
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