薮原神社

薮原神社

やぶはらじんじゃ
薮原神社-木祖村

薮原神社は、中央西線の線路脇に建つ社で、天武天皇9年に、三野王が勅使として巡視を行った際に熊野から勧請したのが最初と言われている。
そのため、熊野社、熊野大権現、熊野大神宮とも呼ばれたという。
明治4年に藪原神社と改称され、木曽村薮原に建っている。

薮原神社-木祖村一の鳥居は真っ赤に塗られた両部鳥居。
石段の中ほどに建ち、JRからはこの鳥居が良く見える。
石段を上りきると、石造の明神鳥居が建ち、鳥居の手前には手水舎、左右には狛犬が建てられている。

薮原神社-木祖村 社殿は二つ目の鳥居からさらに石段を上がったところに建てられている。
周囲を大きな社叢で囲まれ、急な石段の下から見上げるように社殿を見ることができる。
拝殿は大きな入母屋造。
背後には切妻の大きな覆屋が建てられ、屋根には千木と鰹木が飾られている。

薮原神社-木祖村 薮原神社-木祖村

社殿は鳥居から少し奥に建てられ、石段の設けられた高いところに拝殿が建てられている。
その中に建てられている本殿は、三間社の流造。
建築は立川流で、木曽地方には立川氏による建築は少ないといわれている。

薮原神社-木祖村 薮原神社-木祖村

桁を受ける組物は2手先となっており、二段の支輪に波と雲の彫刻。
中備の本蟇股の彫刻は枠をはみ出た著しく立体的なものが設けられている。
向拝の虹梁位置の竜や、手挟の菊の彫刻も力作といわれている。

拝殿の横には、細長い切妻造の建物が設けられている。
中にはいくつもの社殿が建っており、中心に設けられている八品社は江戸時代後期の建築として祀られている。
八品社の主屋は、円柱で桁と梁を支え、正面は板扉で両開きにし、他は板壁となっている。

薮原神社-木祖村 薮原神社-木祖村

向拝は、面取角柱を立て木鼻が付いて虹梁を通し、その中備に板蟇股をおいて組物は出三斗とする。
主屋と向拝柱を海老虹梁でつなぎ、屋根は柿葺で、懸魚をつけ正面に五段に木階が置かれている。

薮原神社

所在地
木曽郡木祖村藪原
ホームページ
なし
本殿
村指定文化財
文政10年(1827)社伝
祭神
伊弉冉尊・速玉男命・事解男命
大工
立川和四郎富昌
建築様式
三間社 流造 拝唐破風付 柿葺
八品社
文化13年(1860)
大工
岩原伊助・岩原絞助
建築様式
一間社 流造 柿葺

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